9:00
『みかん食ってるかー!?』
テレビの中からそう声が聞こえてきた。ああ、もう年末かぁ。と、アキは思う。冬でもなく年末かぁと思う。
テレビの中からそう言う声が聞こえてきたからって訳では無いけれど、アキはコタツの電源を入れてダンボールの箱からみかんを出して喰う。黙々と喰う。
アキがみかんを喰べると爪が少し黄色身を帯びて、それがアキを少しだけ不快にさせる。
ああきいろく、なった。
アキには友達が居た。アキはそれを思い出す。少し哀しくなった。
そして、テレビが『それでは今年も後もう少しに』
ああ、年末だぁ、とアキは思った。
感傷的になるのはアキの悪い癖でもあり、長所にもなる、時々だけれども。
アキは目を瞑る。
アキは暖かいコタツの中でテレビの音を聞き夢を見た。
アキはそこでスパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士だ。
アキは猫だった。真っ黒な黒猫だ。だけれども、スパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキも居るのだ。
黒猫のアキはそのアキと一緒に居る。
スパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキは黒猫のアキに、
「ああ、わたしの夢は敵国に祖国の情報を売るでもなく殺し合いをするのでもなく、人造人間を作ることでも無いんだよ。それに宇宙にだって興味が無い。おまえは分かってくれるかい?」
「にゃー」
「・・・そうか」
黒猫のアキはスパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキの言ってることが分かったはずもなく、アキにもっと撫でてといっているに過ぎなくてそれでもスパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキは満足そうに黒猫のアキを撫でている。
「なあ、わたしは誰なんだろうなぁ・・・」
スパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキが難しそうな顔をしているので黒猫のアキは心配になる。けれども、
「にゃー」
と、鳴くとスパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキは嬉しそうに笑うので黒猫のアキはいつも笑っている。
「にゃー」
「なあ、わたしは誰なんだろうなぁ・・・」
「・・・にゃー」
スパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキはいつもラジオの前で悲しそうな顔をして聞いている。しかし、黒猫のアキはスパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキがなんで雑音を聞いているのかイマイチ分からない。けれど、アキがとても悲しそうな顔をするので嫌なのだ。
そして決まって、スパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキは黒猫のアキにお別れのキスを額にして出て行く。そして帰ってきたときは死人のような顔になっている。
「なあ、アキ・・・ナイン、ゼロ、セロというのはわたしに対する呼び出し符号なんだよ」
「にゃー」
スパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキは難しい話を黒猫のアキにした。黒猫のアキはなんだかよくわからないがアキが笑うから、にゃーと、鳴くだけなのだ。
そしてスパイでもあり兵士でもあり科学者でもあり宇宙飛行士のアキは黒猫のアキの額にキスをしていつものように出て行った。いつもと違ったのは今回は黒猫のアキにさようなら、と言ったことだけだった。
ねえ、アキ。本当は
わたしには夢があっ
たのだよ。
こんなことをおまえ
に言ってもおまえは
分からないかもしれ
ないが、わたしには
夢があったのだ。
それはね――
アキはコタツで目が覚める。気がつくと年は明けカウントダウンは終わっていて、テレビのほうもいつの間にか番組が変っている。
「アキー、そんなとこで寝ていると、風邪引くわよ」
「分かってるって」
秋はベットに向かっていく。
わたしの夢、それはね―
コールサイン
ナイン、ゼロ、ゼロ