冬の花鳥風月応募作品



「かちょうふうげつ?」
「風流って意味だよ」

ああ、それって1番縁遠いものだな、とあゆは思った。花鳥風月、漢字で書かれた文字を指先でなぞる。

「風流ねぇ…」

例えば今雪が降ってるが、雪が降ったり積もったりしても、風流なんて感じない。ただ寒いだけ。しかも吹雪になると視界は遮られ最悪だ。そう思いながら炬燵に入って蜜柑を食べている。

「蜜柑の花っていつ頃咲くのかなあ」
「5月」
「そうなんだ。今って何月だった?5月?」
「1月だよ。しっかりしろー」

と言って佐久間はあゆの頭を小突いた。

「痛いっすよー、佐久間さん」
「うっせー小娘」
「くそオヤジ」
「もう一回小突かれたいか」

あゆは18歳。家出中で、佐久間のアパートに転がり込んできた。佐久間とあゆはバイト仲間で、恋人とか決してそういう関係じゃないけれども、あゆの家族みたいなものだ。佐久間には早百合さんという美人な恋人がいる。

「早百合さんは来ないの?」
「今、吹雪だろ。大事な恋人を吹雪に埋もれて亡くしたくない」

つまんない、といってくたくたのパーカーを着たあゆは炬燵の中で横になる。炬燵を占領するな、と佐久間が言う。しかしあゆはそんなことは気にしない。早百合さんが来てくれると気分が華やいで、あゆは早百合と一緒に居るのが好きなのだ。

「蜜柑の花ってどんなのか知ってる?」
「知るわけねーだろ。ググれ」
「白い花なんだ、知ってた?」
「知ってたよ」
「つまんなーい」

「鳥になりたいって早百合が言ってた。真っ白な鳥になりたいって」
「早百合さん色白じゃんー」
「お前はそういう繊細な事が理解できないんだったな。すまん」
「超失礼なんですけど」
白い蜜柑の花や白い鳥もこの吹雪では隠れない。いくら似たような色でも微妙に全て違う色で隠れる事は決してない。これが風流なのか、違うような気がする。いつも明るい早百合さんがこんなことを言ってたなんて。あゆは少し驚いた。

「お、風が止んできた」
「マジー。早百合さん呼べる?」
「いやだから無理」
「なんでー」
「お前、今何時だと思ってる。夜中だぞ」
「ほほう。若いギャルと一緒に居るのがバレたくないのだな」
「阿呆か。早百合はお前がここに居る事知ってるぞー」
「嫉妬とかは?」
「ないない。相手はあゆだぞ。それに付き合ってもう4年以上だぞ。俺達は深い愛情で結ばれてる」

あゆは阿呆くさと思い大欠伸をした。

「私雪見だいふく買ってくるわー」
「気をつけてな」
「あいよー」

あゆはくたくたのパーカーの上に佐久間のダウンジャケットを羽織り外にでた。外はかなり雪が積もっていた。寒いと思う。佐久間のアパートからコンビニまでは徒歩10分はかかる。吹雪は止んだが、まだ雪は降っている。あゆはそっと空を見てみた。月が出ていた。今晩は満月だ。星もいっぱいだ。空気が澄んで月や星がいつもより輝いているように感じた。ひとりで雪の中に突っ立て、満月が輝く星空をみている。雪も降っている。風流とかは縁遠いものだし、あゆ自身よくわからないが、なぜだか涙が溢れてきて、これが風流なのかと思う。

「花鳥風月、か」

あゆは雪で覆われている地面を進んでコンビニまで進んでいった。


あゆは佐久間のアパートに帰りコンビニから帰り蜜柑がどっさり入ったコンビニ袋を炬燵の上に無造作に置いた。がさりとビニール袋が擦れる音がした。

「あ?」
「みかん」

あゆは佐久間のダウンジャケットを脱ぎっぱなしにして、くたくたのパーカー姿になり佐久間の隣に潜り込む。

「寒い寒い寒い」
「うるせー、一回でわかる」

と佐久間はあゆを小突く。痛いーとあゆの声がする。佐久間はおもむろにビニール袋から蜜柑を取り出し剥いて口に入れる。

「ちょ、佐久間、私の蜜柑!」
「まずい」
「確かに20円クオリティだけど失礼だよね」
「そういうお前も食ってるんじゃねーか」
「だって私が買ってきた蜜柑だし。食うんじゃねー佐久間」
「雪見だいふくは?」
「ああー、忘れてた」

花鳥風月、風流とかは1番縁遠いものだけど、こういう風流さもありかも、とあゆは、蜜柑のせいで黄色く染まった指先を見ながら思った。

「花鳥風月か」
「小娘、何か言った」
「べ、べつに」

そういって顔を正面からそらすあゆを見て、何がべつに、だよ。可愛いげないなー小娘。炬燵に蜜柑。たまにはこんな風流もいいか、と佐久間は思った。