あたしはハッキリと殺意を抱いたのだ。それは特定の個人に対してとかそんなんではなく、ただ純粋すぎる殺意だ。人は皆秘密を持ってる。あたしはそれを知らな過ぎた。ひと月前、あたし宛に一通の手紙がきた。それにはあたしの秘密が書かれていた。誰にも知られたくなかった秘密。あたしはその手紙をライターで火をつけて燃やした。誰を消したら、何度手を汚したら、あたしはこの秘密を墓場まで持っていけるのだろう。

俺は手紙を書く。彼女にむけて書く。俺はその女の秘密を初めから知っている。そして想像する。あの女が恐怖で顔を歪める事を。手紙を書かなくなる事は簡単だ。俺はこうみえても他人の秘密になんか興味がない。でも、彼女は違う。これはある種の恋愛感情なのかも知れない。手紙を送る期間はバラバラだ。気が向いた時にしか書かない。もし、これが恋愛感情だとしたら、俺は相当な倒錯者だと自分でも思う。

あたしは今日も手紙が届いていたという事に苦い思いをする。内容も文字もまるでコピーしたように同じ。そして今日もライターで手紙を燃やす。引っ越そうとは思わない。それがあたしの贖罪だからだ。過去は変えられない。その通りだ。未来は変えられるだの運命は自分で決められるだのと人は言うが、本当にそうだろうか。いつかこの殺意も手放す事ができるのだろうか。望めば可能なのかもしれないが、あたしは今のところそれを望んではいない。

相変わらず俺のペンフレンドは返事を寄越さない。まぁ、別に返事を望んではいないが、ライターで紙を燃やした匂い程度ではどこか寂しくもある。あの女は嘘でできてる。俺は彼女の本心が聞きたいのかも知れない。しかし、嘘でできてるあの女に本心なんて無いのかも知れない。もし、返事があったとしても俺はあの女からのだとは死んでも信じれないだろう。そうやって逃げてきたのをずっと知ってるからだ。

神様なんて居るのだろうか。居るとしたら、あたしは救われるのか。

神様なんて居やしねぇよ。

今日の仕事は簡単だった。神様とやらに後は任せたら良いだけなのだから。けれども、仕事を片付ける度にぽっかり穴が開く感覚だけは初めと同じだ。こうして、あたしは秘密を増やしていっている。定期的にやってくる殺意とともに。あたしは、あたしがしたことを隠して善良なる小市民の振りをして明日も明後日も生きてく。ハッキリとした殺意はあたしですら飲み込もうとしている。あの手紙が今日もきた。

今日も手紙を送った。ライターで焼かれる手紙を想像する度にゾクゾクする。本当に俺は性的倒錯者じゃないかと自分でも恐ろしくなるが、細かいことは無視して、次の手紙を書く。それは俺が死ぬまで続くだろうし、あの女が先に死ぬまで続くだろう。あの女を俺は好きなのか自問自答してみる。際限無いループのようで自問自答は嫌いだが、彼女に関してなら自問自答も苦ではない。

手紙が来ない日、それは安らぎをあたしに与えてくれる。まるで安息日だ。けれど一方で不安になる。ちっぽけな自分が誰にも認否されないようで。まるで忘れ去られるようで、認めたくないが、怖いのだ。あたしがしている事が忘れ去られるようにあたしの存在ですら忘れ去られるみたいで。あたしは独りが当たり前だったのにあの手紙が変えてしまった。

俺はこうして手紙を書く。楽しいのかそうじゃないのかと聞かれれば、楽しくない方かもしれない。そもそも俺がこういうことを始めたのはだれもあの女の犯罪を咎めないからだ。知っているが知らないのだ。おこがましいかもしれないがだからこそ、俺はあの女を追い詰めるために手紙を書く。けれども返事が一度もないので俺の手紙が効果をあらわしているのか、知るすべもないが。あの女はたくさんの人間を殺しているのだ。しかしそれは必然であって偶然的に殺しているのではない。分かっているが、あの女の正体を知った人間はあの女によって殺されてるのも事実だ。俺は、あの女に殺人をやめて欲しいと思って手紙を書くのではないことは確かだ。むしろ最近は、手紙を書くことが自己を保つために書いているのではないかと思う。狂いだした証しなのだろうか。

今日はやっと手紙が来た。手紙を心待ちにしている自分を発見して驚いている。内容は、白紙だった。あたしは何故か涙がでている自分を発見した。何故だろう。ストレス社会からの解放という訳ではあるまいに。寂しいのだ、あたしは。こうやって自己確認していなければ、あたしはあたしを確かめられない。もうあたしは狂っているのだろうか。