「裏切り者は死ねばいいのよ」
「…」
「死んで当然だわ」

じゃあ、なんでマリー、あんたは立ちすくんで涙ながしてるの?とは訊けずにあたしはただ彼女の傍に突っ立てるだけなのだ。

「あと3日で解放されるよね、マリーがそう言ったんだもん。ね、マリー?」
「そうよ。あと3日。だから泣いては駄目よ」
「うん、がんばる」

そう言って目頭を汚れた手で擦る男の子を、マリーと呼ばれた綺麗なブロンド娘が励ましてる。彼女の言い方は毅然としていて、その目は氷のように冷たい光をたたえてる。しかし、物腰は柔らかく、あくまでも、男の子を追いつめないように気をつかってる。

堅牢を誰かが足音荒立て歩く音がする。ああ、奴がくるんだ。あたしは狂気じみた絶望を奴に向けるが、相手は気にした様子を全くみせない。怒れば怒る程、あたしの気力が殺がれてくが、あたしはそれをコントロールできない。子供なのは、どちらなのだろう。

「クソアマ、あたしの彼を返せ」
「そんなに欲しいなら、まずどの部位をあげましょうかね」

ああ、また繰り返し。あたしは堅牢に繋がれたままで怒りが言葉にならず、鎖が肌に痛々しい程食い込むまでマリーに近づいてそのブロンドの髪を引きちぎってやろうとしたが、結局は鎖が肌に食い込み痕になるだけなのだ。

「お肌が傷むわよ」

そんな言葉をマリーは吐いて立ち去って行った。あたしたちが鎖に繋がれたのは、3日前。幸い、食事に毒は入ってないが、シャワーも浴びてないせいか異臭を放っているのがわかる。脱走なんかできまいと侮られてるのか、看守はいない。というか、此処がどこなのか全くわからないのだ。気がつくと鎖に繋がれていた。最愛の息子の行方すら、あのマリーっていう女は教えてくれない。

「ねぇ、準備はできた?荷物に着替えをきちんと入れてね」
「…おい」
「そうそう、あの女の事は気にしなくたって大丈夫よ」
「マリー、自分が何してるのかわかってるのか!?」
「これから、二人きりになれるのよ?ワクワクだわ」
「ふざけるな」
「…なによ。楽しくないの?二人きりになりたいって言ったのはあなたじゃない」
「まさか実行するなんて思わなかったんだよ。そうだ、状況が落ち着いてから、旅行には行こう。な?」
「あの子は死んでもいいのね」
「いや、違う、待ってくれ」
「でしょう?さ、旅行の準備をしましょうよ」

「これ飲みなさい」
「……」
「また打たれたいの?」

やだ、男の子はマリーが入れた毒入りのスープを一気飲みした。そうして、男の子は意識を失った。

「旅行の準備はできた?じゃないと解毒剤は永遠に手に入らないわよ」

そういうマリーの顔は、一見彼女が悪い冗談でも言ってるかのように笑顔であった。狂ってる。彼は走った。裸足で。気がつくとマリーを殴りカギを奪って堅牢へと。

「カギは持ってきた。さあ逃げよう」
「無理よ、鎖が外れないのよ!それにあの子は?居ないじゃない!」
「子供ならまたつくればいいよ、それより早く。俺はお前を失う方が堪えれないんだよ!」
「あたしは違う!」
「あ〜らら、お二人様なにお話し中?」

マリーがきた。ああ、あの子ならさっき殺したわ。と微笑みながら、凶器のピストルを持ってきた。

「何でよ、何でよ何でなのよ!あの子がなにしたの殺すなら夫の方でよかった」

そう言いながら女の方は涙をながす。

「私の可愛い坊やを返して、返してよ」
「そうね、とっても可愛かったわ…二人の愛の結晶ってヤツを、生滅させたかったの。それにいらないって確かに言ったわよね。ねえ、いらないモノ、お荷物を無くしてあげたのよ?なんで?だって愛してるから。ねえ、早く荷造りしましょうよ」

アハハハハ!とマリー は二人を焦点の合わない目で見続ける。

「済まない、俺が全部悪かったんだ。だから、殺すなんて止めてくれ」
「謝罪はいいのよ、いやよ、さあ早くこっちにいらっしゃい」
「…それは出来ない」
「なんでなの?ああ、その女が邪魔するのね。大丈夫、消してあげるわ…だから安心して」
「違う違うんだマリー」
「俺が悪かった。本当は本気じゃなかったんだ。マリー、君の事より本当は妻や子どもが」
「うるさい!」

マリーはピストルを撃った。それは妻を守った男の左肩に当たった。

「な、なんで…」
「俺が悪いんだ。家族が大切なんだわかってくれよ、もう俺たちはおしまいなんだ、マリー…」
「…そう」

マリーはそう言って解毒剤を飲み込んだ。

「私を殺さないと坊やは助からないわ。早くしないと。ほら」

マリーはナイフを男の片手に握らせた。

「どうしたいの?」
「マリー、お願いだからこんな事止めてくれ…」
「あら、坊やが死んでもいいの」
「あたしの坊やを返せ、お願いだから、その女を殺してよねえあなた!」
「済まない、俺には殺せない。マリー、俺は君を殺せない」
「殺してよ!坊やを返してよ…」

あたしの目からは涙が流れ、顔は涙と鼻水とでグシャグシャになった。そして夫は目の前でマリーと名乗る女にナイフでグサグサ刺される情景を見せつけられて、嘔吐した。死んでも死んでも死んでも滅多刺しにされる夫をみて。私はその間、返して返してと叫び続けた。結局、愛しい坊やと夫は返してもらえなかった。全てはマリーのものになってしまった。それから、あたしは解放されたが、マリーは夫の元を離れようとせず、両目から雨粒を流つづけていた。そして、裏切り者は死ねばいいのよ、死んで当然だわ、と戯言を永久に、誰に言うでもなく呟き続けた。