「奥様。昨日はよくお休みになられたようで安心致しました」
アーデレは恐い位に、無表情で淡々と言い切った。わたしは、あの人が出かけてから少しして起きて、それからすることがなくソファに座り、仕方なく窓からの景色を見つめてるか、掃除をしだしているアーデレを見るぐらいしかない。気が付けば、わたしはあの人のことを考えていた。なんで私を買う何てことをしたのか本当によくわからない昨日のことだってそう、わたしにはあの人の考えていることなんて何もわからないし、それに、わかったところで、なにもならないのだ。わたしは買われた女なんだから。
お昼ご飯はパスタを作った。アーデレには止められたけれど、無理を言ってわたしが彼女の分と二人分作り彼女も、わたしも淡々と食事を済ませた。初め、アーデレはメイドが同じテーブルに座るなんてと断っていたのだか、どうしても、と言うと渋々ながらも同じテーブルで食事を取ってくれた。料理の時、小指を少し切っただけで、アーデレの顔は蒼白になってわたしの事を心配してくれたのは少し嬉しかった。
「私は買い物に行って参りますが、くれぐれも戸締りにはお気お付けくださいますよう」
「買い物?」
「はい」
「私も、ついて行くわ」
暇なのだ、とても。それにわたしが住んでいた所ではない、という好奇心もあるし、なによりこの家から出てみたいのだ、一歩でも。わたしの気持ちをよそに、彼女は、ダメです。と一言だけで済ませ、顔を見ずに「奥様にはここに居てくださらないと。」と冷たくわたしに言いった。
「それとタマネギとトマトを」
あれだけ言われてもわたしはアーデレに勝手に付いて来たのだ。無理矢理帰らさせれそうだったのだけれど、あまりにもしつこく(とても迷惑そうにしていた)追いかけてたら、仕方なしに、「旦那様には内緒ですよ。何かあって叱られるのは私なのですから」と渋々承諾してくれたのだ。市場はそれなりに活気があるように思えたけれどそれでも、やっぱり、すごく悪い、のだそうだ。わたしは、野菜が沢山つまれていることや、色とりどりのフルーツなどに夢中になって、わたしは引き込まれていった。
「きゃっ」
「奥様!」
帽子とコートを着た15歳ぐらいの男の子がぶつかってきたと思ったらスリだったらしい。アーデレが彼の右手首を締め上げている。でも、わたしは彼のお目当ての物を持っていなくて、財布の代わりにハンカチがむなしく落ちてきた。
「くそ、放せよ!」
鋭い目でアーデレを見ている。わたしは不安に駆られた。もしもアーデレが油断した隙を付かれたら? 彼女はどうなるのだろう。アーデレは彼の耳にそっと口を近づけ何かを言うと彼はおとなしくなり、もう一度、今度は悔しそうに「放せよ」と言った。アーデレは手首を放した。
アーデレとスリの彼とは知り合い?そんな疑問が私の頭をよぎった。でもそういう雰囲気ではないのだ。大声で彼はアーデレに向かって「よくも裏切りやがってくたばれ、この阿婆擦れ!!」と苦々しげに言い、路地に消えていった。わたしは状況が飲み込めないままで家にかえった。(家とは思えないけれどだってわたしは買われた、のだもの。嫌でもあそこが家になるのだ)
「小指……どうしたの」
「あ…、昼間ちょっと切っちゃって」
「切った? どうして」
「申し訳ありません。昼間、奥様がどうしてもお料理を致しまして、私が雪度とか無いばっかりに奥様にお怪我をさせてしまいまして」
「ごめんなさい・・・」
「セシリア、君が謝る事じゃない」
「アーデレの事は怒らないで」
「当たり前じゃないか」
「君は何か勘違い、をしてる」
僕はただセシリアのことが心配なだけだよ、と微笑みながら、わたしにはとても嘘くさいと感じられる台詞を言った。
昔言っていた。あたしの母も、周りの人達も皆言っていた。恋なんかするもんじゃあないよ、と。当時のあたしには恋が出来なくなった人達のひがみにしか聞こえず、心底嫌悪していた。でも、近頃それは本当じゃないかと、最近よくそんなことを考える。あの人と出会ってから。ここに住みだしてこんな気持ちは初めて感じた。
それでも、あたしは娼婦なんかだし、振り向いてくれるなんて期待なんてしていなかった。それでもあの人が結婚したと聞いて淋しかった。もう抱いてくれないと思うと、悲しかった。
「リッド・・・」
自分でも驚くほど弱弱しく、誰も居ない部屋の中に響いた。
「マリアーヌ!あんたに客だよ!!」
「はあい」
リッド、あの人じゃあないのは分かってるけれどどうしても期待してしまう、そして自分に裏切られる。それを何回繰り返してきただろう? マリアーヌは自分自身に問いかけずにはいられなかった。