徒歩で帰ってきた二人を見てアーデレは驚いた。服は煙で汚れているし、体も汗でべとべとだ。セシリアは靴擦れも起こしている。

「お帰りなさいませ。お風呂にはいられますか?」
「ああ。セシリアから先に入りなさい」
「わたしは、後で大丈夫です」
「準備をいたします。奥様、さあ」
「いや、わたしは」
「先に入るんだ」
「さあ奥様」

セシリアはアーデレに連れられて浴室に行った。リッドは何が起こったか考える。爆発が起こり銃声が聞こえ、悲鳴が上がった。明日から仕事が増えると思うと何もかもだるく感じた。


エレアは機嫌が悪かった。セシリアに逃げられたからだ。爆弾を爆発させてその隙にセシリアを捕獲する作戦だったが、それに乗じて元帥を殺そうとするテロリストがいたなんて想定外だったからだ。

「テロなんかさ、あっちでは日常茶飯事だよな。テロの危険ぐらい考慮してくれよって感じだよ」

リックは警備の薄さに呆れた声をだす。

「まあ、豪華なパーティーを開く余裕がまだあった事に驚きだわ」

エレアはリックに同意しつつ雇い主である元帥の自堕落な生活に辟易している。あのパーティーはもちろん、費用は税金である。富裕層が潤うだけで、下層民には富の再配布は行われない。結果、都市民と周辺民の経済格差は広がり、この不安定な情勢へとリンクしている。気がついてはいるが、利権を保持するために国防と言う名のもと、不安定な地域に軍を送り軍事制圧をして、現況を維持してるに過ぎない。その上、現況の政策に反対する青旗という存在が反戦を唱えているのだが、彼らが軍内部で勢力を伸ばしクーデターを企んでいる、と現実味がある情報まで流れ出している。ただ、世間には漏れてないことが唯一の救いだ。

「内通者だな」

リッドは呟く。内通者。パーティーの存在はごくごく少数の人間しか知り得ないはずだった。青旗の存在か、それとも他のテロ組織か…。しかし、犯行声明を出していないとみるとただのテロリズムではないと予想される。クーデターの可能性も考えられる。あれからセシリアには自宅に篭らせている。今は彼女を信用させることが最優先だ。

エミリアは的に向かって射撃の訓練をしていた。ほぼ正確に撃てた。しかし彼女の気は晴れなかった。あと一歩で目的は達成される寸前までいった。ミスだったのはリッドの動きに気を取られ過ぎていたからだ。エミリアは邪念をはらう様に訓練に集中した。

リッドとエミリアが軍に入ったのは18の時だ。軍事国家であるこの国は強靭な軍事力をもち、それで周辺国とのバランスを取っていた。しかし、今の元帥になってからは王はお飾りに成り下がり、軍が国家の中枢を担当する事になった。それのきっかけは東北戦争だ。ある少数民族を軍隊が虐殺したことで、反軍事団体が自衛という建前で軍事力を持ち、中枢に反抗した。もちろん軍隊により征圧されたが、散発的なゲリラ戦はまだ続いている。二人は異例の出世をし、リッドは国を動かして戦争を無くす。エミリアは武力を手に入れ軍部を解体する。それを目的としてのし上がってきた。二人は戦争を止めようと足掻いていた。

リッドはマリアーヌに会っていた。リッドの久しぶりの訪問にマリアーヌはあつい抱擁とキスで応えた。そしてリッドも同じく応えた。

「奥様はいいの?」
「アーデレがついているから問題無いだろう」

ベットに横たわりながらリッドはマリアーヌの髪を弄ぶ。そして時たま唇を落とす。マリアーヌはセシリアに勝った気分になり安心する。この人はあたしが好きなのだ、と。