「もう帰っちゃうの?」
「ああ。一応妻がいるからな」
「また来てくれる?」
「またくるよ」
リッドはそういうと、着替えて洋館を出て行った。マリアーヌは、リッドが結婚したと聞いた時には食事が咽を通らない程ショックを受けていた。けれどもリッドが泊まる事はなくなったが、前の様に来てくれて抱いてくれるだけで幸せだった。
セシリアは寂しかった。あのパーティーからリッドの帰りがかなり遅くなったからだ。冷たいシーツで寝る事がとても辛く、起きていたら起きていたでアーデレも寝ようとしないから、仕方なくとりあえずはこうしてシーツに身体を包んでる。バタンと玄関が開く音が聞こえた。リッドが帰ってきたんだ、と思う。しばらくしてリッドは寝室のドアを静かに開けた。
「まだ起きてたのか」
ごめんなさい、とセシリアは反射的に謝ってしまう。そしたら、リッドは謝る事はない、と優しく言うのだった。セシリアも娼館などでは働きたくなくリッドとの結婚に応じて初めはただそうだったが、徐々に嫌われたくない、と思うようになってしまった。恋に落ちたのかもしれない。
「君には関係ない」
「…そうですね」
「きつい言い方ですまない」
明日も早いから寝ようと言ってセシリアの隣に滑りこんできた。ふと女の香水の香がして、セシリアは動揺した。もしかしたらこの人は私になんか興味がないのか不安になった。その答えが恐く、聞けなかった。
「今のところ犯行声明は出ていません」
「そうか」
「情報部がマークしている人間が動いた可能性は?」
「いえ。そのような情報は上がってません」
「そうか。下がっていい」
あれからリッドはエミリアを首謀者だと疑っている。しかし報告では何も上がってこない。が、彼女は情報部の上層部に属している。自分に都合の悪い情報は握り潰しているのかも知れない。内偵が必要かもしれない、とリッドは思う。
紅の星とは昨今活発に活動しているテロ組織だ。構成員の大方は地方の土地を持ってない者や都会でも生きる術がない者だ。アーデレもそのひとりだったが、四年前にリッドのメイドとして雇われてから全てが変わった。毎日食事は食べれるし安全に眠りにつくことができる。だからアーデレは歩く。アーデレは紅の星のメンバーだった時がある。この国でアーデレが16歳の時、当時、内戦で両親を無くし、紅の星のメンバーだった過去がある。アーデレは紅の星の拠点へと向かいながら、リッドと出会う前の自分を思いかえしていた。リッドと出会う前は、紅の星のリーダーであったクロウとともに行動し、笑い、怒り、泣き、色々な感情を共有していた。そして二十歳までにはクロウと恋人みたいな関係に自然となっていた。左肩にはその当時つけた彼の名前の入れ墨をまだ消せれていない。アーデレは昼間なのに薄暗い路地に入っていった。そこは、リッドと会った当時とそのままだった。
「…もうここに来てもみんないないぜ」
懐かしい声が聞こえてアーデレ振り向いた。
「クロウ…」
「久しぶりだな…」
そういうとクロウはアーデレに近づいた。
「元帥の邸宅で暗殺未遂があった…あなたたちの仕業?」
「あなたたち、って言う関係じゃあないだろ?」
クロウは少し大袈裟に言う。
「そういう事を聞いてるんじゃないの、クロウ達がしたの?」
「いや、違う…本当だったらどうする」
大佐殿に伝えるのか、と目を細めて言う。
「それは…」
「その様子じゃ考え無しにここへ来たって言うことだな」
図星だった。アーデレは何故、拠点ですらないだろう、ここへ来たことを本当はクロウに会いたかったからなのかも知れないと思った。