「現体制に反発してる過激派なんていくらでもいるさ。…アーデレ、俺達の所に戻ってこないか?」

クロウはそう言ってアーデレの手を掴んだ。
「私のこと、政府の犬に仕えた裏切り者だって赦さない人が大勢居るでしょ」
「何か情報を盗んできたらいい」
「簡単に言わないで。私にはあの人を裏切るようなことはできない…」
「そうか…じゃあお前はなんで俺達を裏切った?そんな真似ができたんだ?そんなに貧乏が嫌だったか」
「…そうよね。私にもわからない」
「惚れたとか、か」
「それは違う!居場所が見つかったのかもしれない」
「居場所なら、あっただろう!違うか!」

アーデレを掴んだ手に力が入ってしまう。痛い、とアーデレが小さく叫び声をあげた。その声に我にかえりアーデレを掴んだ手の力が緩む。その隙にアーデレは手を引っ込めた。

「来たのが間違いだったわ」
「待て、アーデレ。俺は」
アーデレはクロウの方を見ずに通りに戻って行った。アーデレとリッドが出会ったのは約4年前だった。その日は雨で視界も悪い夜だった。いくらテロ行為をしても当時の政府は武力で鎮圧するだけで、その根本にある体制への不満を省みていなかった。痺れを切らしたアーデレは誰かが政府の要人に接触しより効果的な事件を起こすしかないと考えていた。しかしクロウ達幹部はテロ組織の中でも穏健路線を取っていて、民間人の犠牲を伴う大規模なテロには反対していた。また、組織の中でもアーデレの考えに賛成する者も現れだして、組織を二分する状況が続いていた。その日も、アーデレはクロウ達と言い争いをし、アーデレは組織を抜けると強気な態度を貫いていた。そして彼女は雨の中、路地に飛び出していった。そこで、車に引かれかけ、その車に乗っていたのがリッドであった。アーデレとリッドが乗っていた車はぶつかり、アーデレは脳震盪を起こし意識を失ってしまった。リッドは彼女を車に乗せ、病院まで連れて行った。その時、アーデレは貧相な服の上にパーカーを羽織っており、一見して貧民街の人間だとわかる格好をしていた。貧民街の人間には病院代など払え るはずもない。政府機関の人間はそれ相応の生活はできるが、貴族でも生活するのにやっとな状況で、それよりも下の庶民、貧民には病院にかかることすらできない。それは四年前も今も変わらない。目覚めたアーデレは、リッドが病院代を肩代わりするという提案を頑なに断り、病院代をリッドから借りるというかたちをとり、退院したあとからリッドの家のメイドとして働いていた。しかしアーデレは四年経って、借金も完済し終えたのに、リッドの家でメイドとして働き続けている。アーデレ自身にもその理由はよくわからないが、ただ漫然とクロウ達を裏切り続けている。しかし、アーデレがクロウの事を嫌いで、彼らから離れた訳じゃないのは確かだ。さっきからクロウの懇願するような切迫詰まった声や表情が頭から離れない。

「アーデレ、お帰り」
「奥様…ただ今戻りました」