アーデレは肉屋に行くとセシリアに言って行ったので、彼女の手にはクロウと別れたあと手に入れた肉がビニール袋に入ってぶら下がっている。例のテロ以来、セシリアは外出を禁じられている。セシリアもそれにはリッドに同意し、外出しなくなってから一週間が経とうとしていた。アーデレはそんなセシリアに、憐れみと少しだけ憤りを感じ、所詮篭の鳥は誰かの保護がなければ生きていけないのを連想させた。篭の鳥はおとなしく篭に入っていればいいのだ。苦労を知らないお嬢様。それがアーデレのセシリアへの評価だった。

セシリアは考えていた。なぜ私がホプキンズ家の人間だと知られないようにしなければならなかったのか。リッドの様子からは対面が悪い、という理由ではないのはわかった。なぜ数多ある没落貴族のなかの一貴族を元帥が知っていたのか。けれど、一つだけ確かなことがある。あの晩のことを思い出そうとすると恐怖でいっぱいになるのだ。死にたくない。

青旗やテロリスト達からの例のテロの犯行声明はでていない。あれから一週間も経とうとしているのに、だ。リッドは軍や政府の人間が関わった内部からのテロだと見当をつけていた。しかしそうならなぜエミリアの情報部は情報を掴まえられなかったのか。それとも彼女が情報を握り潰したのか。リッドは次の一手を考えあぐねていた。三日前、リッド、エミリアは元帥に呼び出されて事件の犯人を捕まえるように厳命された。それと、犯行声明が出されてないこと面子を理由に、これを極秘任務にするようにとも。

「エミリア、本当になんの情報も無かったのか」
「あったら最低でもお前には言ってる」
「信頼してくれてどーも」
「ああ。あの戦争で生き残った同士だし一応幼なじみだからな」
「一応は不要だと思うが」
「黙れ変態。なぜホプキンズの娘と結婚した?お前が何かしでかす時は必ず裏があるからな」
「彼女は美人だからな」
「本当にそれだけか」
「さあな。そんなに睨まないでくれ。美人が台なしだ」
「いい加減、その軽口をなんとかしたらどうだ?仕事があるから局に戻るぞ」

リッドはエミリアにセシリアがホプキンズ家の人間だということは一度として話したことがない。一晩であれ娼館に居た娼婦としか周囲の人間には言っていない。リッドは何故エミリアがそのことを知っているのか訝しんだ。そして極秘任務としてエミリアとその周囲の人間に対する調査がリッドの指示で開始された。リッドはエミリアがなんらかの形で例のテロに関わっていないことを望んだ。

「もう一杯」
「大佐、それぐらいにおし。今晩はマリアーヌが他の相手中で悪かったねぇ。あの娘も気の毒に」
「それは気にしてないが…」

リッドは例の娼館に来ていた。今回はマリアーヌに会うことが目的ではなく、ミス・エリスカーラに話しがあって来たのだ。

「最近、俺が買ったのを誰か聞きにきた人物は居ないか」
「そういえば…赤毛の兄妹だったか、があの娘の写真を持って来たねぇ。もちろん、あの娘が居たのは一晩も居なかったし、知らぬぞんぜずで通したよ」
「それはいつ頃」
「あんたんとこのお偉方の御邸宅が爆発した後だよ」

とミス・エリスカーラはタバコを吸った。