「この屋敷でいいんだな」
「そうですよ、センセ」
その屋敷はまるで人を拒絶しているように康介は思った。ここは危ない。関わりたくない、という警告じみた感覚が康介を襲った。
「センセ、なにぼぉっとしてるんですか。まさか熱中症にでもなったんですか」
「あ、すまん」
じゃあいくか、と真新しい屋敷に足を踏み入れた。
左右に広がるのは広大な庭であった。水を撒くだけでも一日はかかりそうだった。しかし、細部にまで世話が行き届いていて康介は感心した。
「都美子君、このお屋敷を持ってる人はどういう人なんだい?」
「そうですねぇ…喪に服してる最中に子供を誘拐されたかわいそうな奥様、というところでしょうねぇ」
都美子は皮肉たっぷりに言った。康介は誘拐という単語にすっかり動転して都美子に詰め寄るが都美子は皮肉な笑みを浮かべるだけであった。
「ゆ、誘拐!?警察には連絡したのかい」
「ほら、センセ、あそこですよ」
そういわれて康介がみたところには白い大きな洋館が立っていた。
「藤沢様ですか?」
突然後ろから声がかかった。声がしたほうへ振りかえるとそこには二十歳前後の青年が立っていた。
「そうですわ」
「あぁ、お待ちしていました。早く家の中へ。母が待っております。ところで、そちらのかたは?」
「紹介し忘れてましたね、こちらが例の先生ですわ」
「そうですか。僕は三鷹俊明です」
「…高森康介です」
「さあ、早く中へどうぞ」
なんとさわやかな青年だろうと康介は思った。それにしても都美子にはうんざりだ。適当なところでお仕舞にしてしまおうと康介は誓った。
洋館の中にはまずホールにシャンデリアがあり、調度品も贅を尽くしていた。それでも成金趣味な悪趣味の塊ではなく、調和がとれている。
「母さん、探偵さんがたがいらっしゃたよ!」
「都美子君、探偵って何のことだい?まさか」
「先生、来たものはもうしょうがないじゃぁありませんか。それとも先生は見捨てる気なんです?」
「わかった、わかった、探偵役をやればいいんだろ、やるさ」
「そうですわ、センセにしかできないことですわ」
そうこうしているうちに二階の螺旋状になった階段から喪服を着た妙齢の女性が下りてきた。
来るや否やご婦人は康介の手を握り締めて「助けてください」と懇願し、解決者の登場で安心したのか貧血をおこし倒れそうになるところを、俊明が抱き留めた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫です…」
と言いながら、俊明の手を離れて階段の手すりにもたれかかった。
「俊明さん、お客様方を客間に案内差し上げて…後で行きます」
「わかりました。みなさん、こっちです」
「今、飲み物を持ってきます。紅茶でよかったですか?」
「お構いなく」
「紅茶でお願いしますわ」
「わかりました。少々待ってください」
そういって俊明は台所に消えていた。
「さで、都美子君、なんで僕が探偵役をしなければならない理由を教えてもらおうか」
「男の人が前に出たほうが何かと都合がいいでしょう?」