呆れるな、と言おうとした所、調度俊明が戻ってきたから、康介は何も言えなかった。この家の誰かが都美子を頼ったのだろう。彼女は他人の悩みを解決する探偵の真似をしている。この人たちも何か悩んだ末に都美子に頼ったのだろう。悩みごとを抱えてる人間の弱さに付け込んだと思われたくなかった。

「どうぞ」

紅茶を煎れたカップを渡してきた。都美子は角砂糖を五つも入れて飲んでいる。いただきます、と康介も紅茶を手にした。

「都美子さん、この方が例の探偵さん?」
「はじめまして」
「はじめまして…今朝、これが届いたんです」

それは脅迫状だった。新聞紙で切り貼りされた文章で『お前の息子は預かった返して欲しくば二億円用意しろ。警察には言うな。亭主とおなじようになるぞ』と書いてあった。

「亭主と同じになるとは?」
「実は、三日前に行方不明になって死んで発見されたのです。葬儀も終わったと思ったら今度はっ…」
「そうですか。お金は用意されたのですか?」
「用意する必要はない」

階段の方から声がした。決してやさしい声ではなく厳しい声で、用意する必要なはないと言い切った声だ。用意しなくてよろしい、と2階への階段から聞こえた。怪しい人に頼るより、さっさと警察に連絡しなさい、ともその声は言った。

「御祖母様、そんな事して孝介はどうなっても良いのですか…孝介が、私の子供、まだ三歳なのに…」
「そもそもお前が孝介から目を離したからじゃないのかぇ」
「それは、…孝介ぇ…グス」

2階へと続く階段の踊り場で、二人の婦人がいる。人は珍しく洋服を着て、手をついて泣いていており、もう一人の着物を着ている白髪の老婦人は、ステッキでもう一人の婦人を罵りながら責めている。

「母さん、もう咲子さんも十分苦しんだじゃないですか、いい加減にしたらどうですか」

俊明はそう怒鳴り咲子と呼ばれた人の方に、階段を駆け上って、寄り彼女を庇った。母さんと呼ばれた人は苦々しそうに二人をみた。そして康介たちの方を見て、明日には警察に来て貰いますからね、と吐き捨てる様に行って、杖をつきながら2階へと階段を上って行った。咲子と呼ばれだ女性は小さい声で、孝介、と呟きながらその場にへたり込んで泣いている。それを俊明が立たせ応接間のソファ、康介たちの正面のソファに連れてきて座らせた。咲子はまだ泣いている。
「僕の甥である孝介の母親の咲子さんです。先ほどの老女が僕の母です。母は探偵さんに物事を任せることをひどく嫌いましてね…」
「わたしの所為ですわ…孝介がいなくなったのも、全部わたしの」
「弱気になってはいけない、咲子さん。孝介はきっと見つかる。探偵さんも来てくれたことだしね」

俊明はそう言って咲子を慰める。しかし咲子の表情は全く変化せず、涙も止まってはいない。

「孝介君はどちらに・・・?」
「こ、孝介は、ゆ、誘拐されたのです」
「いつから姿が見えないのですか?」
「い、1週間前からですわ…孝介は友達のところへ行くと主人と一緒に出掛けてそのまま」
「行き先はどちらに行ったかわかります?」
「いえ…孝介を無事に返してください。どうかお願いします。孝介を、孝介を」

咲子はそう言って、ふらつく体を俊明に支えてもらいながら寝室へと体を休ませに行った。

「都美子くん、これは僕たちの手には負えない。警察に言って任せるべきだ。」
「何言ってるです、センセ。孝介君の命は?」
「しかし、明日には警察に連絡が行くのだろう?」
「今日中に解決したらいいじゃありませんか」
「何言ってるんだ。無理だろう」

康介と都美子が応接間で口論していると、突然、このいやらしい雌猫、という母さんと俊明に呼ばれた人が怒鳴る声と誰かがぶたれる音が聞こえた。先ほど咲子が休みに行った寝室の方からだ。

「利夫だけじゃもの足りず俊明にまで手を出そうってきかい、このいやらしい」
「母さん、勘違いだよ。俺が勝手についてきたんだ」
「お前は黙ってなさい。だから愛人なんてできたんだよ」
「愛人…?」

咲子はその言葉に驚かされ、ただただ目を丸くするばかりだった。